cobonの松浦さん インタビュー ~ボード&ガバナンスの学びシリーズ Vol.2

ボード&ガバナンスについて学んでゆくインタビュー第2弾は、特定非営利活動法人cobon(以下、cobon)代表の松浦真さんです。団体設立から10年を経て、松浦さんの経営のアプローチ、ボード(理事会・取締役会。以下、ボード)との関係性や組織がどう変化してきたか、伺いました!

~これまでの経緯~
WITでは2016年から、ボード&ガバナンスワークショップを始めており、社会企業/NPOの代表・ボードメンバー・スタッフ・ボランティアの方や、社会貢献に興味があったり関わっているビジネスパーソンの方に、受けていただいております。その中で、日本の事例をもっと学び蓄積していきたいね、という声が多数上がり、この記事のシリーズを始めることにしました。

普段知る機会が少ない、NPOの理事会運営の様子、ぜひ覗いてみてください☆

    聴き手・文責:山本未生

 
◇◆◇理事が専門性を活かせていなかった状況から、本音で言い合える関係性へとシフト◇◆◇

 
1. 2007年の団体設立から10年経ちますね。ボードの変遷について教えていただけますか?ボードの人数・構成、ボードと松浦さんやスタッフ・ボランティア等との関係性、ボードの団体への関わり方はどう変わってきましたか?

松浦:設立から2010年までの4年間は、友人やお世話になっていた人に理事になっていただきました。結果、そのようになっていただいた理事だけだと、なかなか本音で話せなかった、ということがあります。理事や正会員の方々に「cobonはすごくいい団体だ」と思ってほしい、という自分の中の意識が出ちゃって。彼らも「松浦君を応援するから何も言わないよ、以上!」みたいな(笑)。当時の理事には色々とアドバイスもいただいていたんですが、こちらとしては、応援してくださっているのがありがたい一方で、NPOのマネジメントや、行政など今まで関わったことのないステークホルダーに対して、どこまで売上げたらいいのか等、そういう話がボードの中で上手くできずに、理事が専門性を活かせていない状況でした。
    2010年頃、売上が5,000万円に、社員も13名まで増えて、その時に軽くバーンアウトしたんです。私のマネジメント不足が一番でしたが、社員が、「松浦さんも目の前にある仕事をやってください」という姿勢に自然となってしまった。代表は来年以降の動きを考えて、次の一手をうつことが仕事なのに、社員からは目の前の仕事を一緒にやってくださいという板挟みを感じたタイミングでした。また、子ども自身がが自分の未来を決めていくための活動をしているのに、子どもとは関係ない大人が他団体との比較との中で優位性をいかに持つか、という本質的でないところで戦うことに悩んでいました。
    そんな時に、ちょうどミラツクフォーラムに出席して、隣に座ってたのが、ゆきさん(桜井肖典さん、現cobon理事、一般社団法人 release;代表理事、WIT理事)だったんです。当時の状況について「困っちゃったんですよー」ってゆきさんに話したら、「いや、自分も困ってたことがあるよ」って。ゆきさんも、若い頃に事業を立ち上げた経験があるので、その体験談を共有してくれました。その後、京都で会って、4時間がっつりしゃべりました。こんなに素直にしゃべれる人はいなかった、と感動して、「そういう人がほしいんです」って言ったら、ゆきさんが「一緒にやっていこう」と言ってくれた。
    そこから、理事と本音で言い合える関係性へとシフトしてきました。その後、荒木さんとゆきさんに新たに理事になっていただきました。荒木さんは、立命館大学で教育の研究をしておられるので、教育の観点から、cobonの事業の意味付けを補足してくださいました。ゆきさんは、ソーシャルスタートアップから事業化へ、想いをどう乗せるか、というところをアドバイスしてくれました。

松浦さんご家族(向かって右が松浦さん)




◇◆◇良い1,000万円と悪い1,000万円がある◇◆◇

 
2. 団体の規模が大きくなって悩まれた後、組織はどう変遷してきましたか?

松浦:cobonがこれまで一番売上が多かったのが2010年で、約5,000万円だったのですが、6、7名追加で雇わないといけないような状況でした。その頃は、会社には人が沢山いたら良いというのを信じていた時ですね。もちろん、世の中にはそういう会社がたくさんあると思います。ただ、私の家のQoLを考えた時に、売上は1,000万円以上だと家族のQoLが下がるっていうのも同時にわかったんです。それが2012年の頃。同じ1,000万円にも利益率だけではなく、未来への投資を含んでいるか、その事業の中で自分たちが探究者として生きているのかを考えています。だから、良い1,000万円と悪い1,000万円がある。家族のQoL(クオリティオブライフ)を上げることを考えた時に、うちの家にとっては、過剰な売上(仕事)を持つと、仕事を優先せざるえなくなり、子どもとの時間が減り、結果として家族のQoLが下がっていきます。
    妻と一緒にcobonを立ち上げて、彼女は事務局長をしているのですが、売上を伸ばすよりも、探究学習を家族でしたほうが、会社としても次の一手の多様性が増えると考えました。例えば、平日の昼間から2、3日連続で家族で美術館を隈なく見ていく、といったようなことが、cobonで取り組んでいる教育や子どもの未来につながっていくわけです。
    同じように2012年頃から、スタッフやボランティアを、一緒に船に乗る仲間の意を込めてCobonクルーと呼ぶようになりました。チーム編成も雇用からオーナーシップを持った仲間へと変遷してきました。それまでは「ボランティアさん」と呼んでいました。今想うとその言葉の変化も自分の意識に影響が表れていると思います。

 
◇◆◇課題解決だけが大事なのではない◇◆◇

 
3. 大阪から、インドネシア、秋田へと、と活動拠点を広げてこられましたね。

松浦:2012年に「インドネシアに行く」と言った時には、理事に「どういうこと?(笑)」って言われたんですけど、最後は応援してくれました。グローバル経済とフラット化する社会という感覚などは、何事も自分が体験しないと、子どもには伝えられないと思ったので、インドネシアに2年半住みました。結果、見えてきたことはどれだけ国を超えたって、最終的には人とどうつながっていくかがすべてだ、ということを改めて実感値で学びました。
    そして、昨年2016年に秋田県五城目町に移住してきました。cobonの理事は、変わらずゆきさんと荒木さんです。一方で、秋田で合同会社G-experienceを設立しました。正式な役員はいないのですが、アドバイザーにうっしー(丑田俊輔さん、ハバタク株式会社共同代表)がなってくれています。そういう(アドバイザーや仲間の)人たちがふらっと来て、五城目という生態系の中で、気軽にお祭りに行ったり、子どもとご飯を食べたり、「最近こういうこと思っているんだ」って、ふらっとしゃべる。ミーティングというより、自然と出てきた話を膨らませていく。
    こういう動きをしていたら、「課題解決だけが大事なのではない」、ということに最近改めて気づきました。課題解決というのは、わかりやすいんだけど、課題ありきで世の中を見てしまう。でも、世の中は課題ばかりじゃなくて、楽しいことも沢山ある。五城目や秋田を「課題先進県なんだ」ってやると、楽しくなくなっちゃう。あるいは、課題解決したいコンサルが来て「こうすべきだ」ってなっちゃう。上から目線じゃなくて、おじいちゃん・おばあちゃんたちと過ごす中で、資本主義の力が弱まって、時間のスピード感覚がゆるくなっていく。そういう関係性の中で相談しあえるボードメンバーが自然発生してくるという感覚を今は持っています。

4. 「課題解決だけが大事なのではない」には、私も共感します。どのように、そこに気づいていったんですか?

松浦:シアトルでのアイリープのプログラム等を通じて、上手くいったソーシャルエンタプライズのモデルを広めていく、スケールアウトの話を知りました。そういうソーシャルイノベーションの文脈に関われてありがたいと思う一方で、広げる時点で「あなたのところも困っているだろうから、私たちのやり方でうまくいきますよ」という目線にどこかなってしまう。ほんとは困ってなくても、偉い人にいわれると、困っている感じがしちゃう。それってどこかで問題をつくりだしているのかもしれません。
    必要なところに必要なサービスを届けることはもちろん大切なのですが、私がやっていきたいのは、今困っている人に何かを差し伸べるのではなく、子どもとの関わりの中で、前提となるルールを見直したいんです。キャリアや生き方にオーナーシップを持たなくなっているとしたら、学校を出て、地域に入って、それをやろう、インプロ的にロールプレイでまちづくりしようとか。
    専門性があるほど、人間は問題を固定化して見てしまうものです。だから、無知の知も大事ですね。

cobonの活動の様子




◇◆◇困っているのをどうにかしたい、から、楽しさ・プレイフルネス、そもそも論からの問いのアプローチへ◇◆◇

 
5. 理事会(会議)の出席メンバーと開催頻度は?

松浦:理事会(会議)には、事務局長、理事3名、大阪のスタッフが出席して、毎回1時間くらいです。2012~2016年は第二創業的な梃入れ時期だったので、月1回開催でやってきましたが、最近は秋田にシフトしているので、3カ月に1回のペースです。

6. 夫婦で立ち上げたり、経営している団体は少なくありませんが、実際どうですか?

松浦:家庭内でもめながらも、仕事をしています(笑)。山あり谷ありです。仕事の中で私たち夫婦のコミュニケーションをみて、「なんだこれは」と思う方もいれば、オーナーシップをもって、一緒に育ててくれる仲間に変わっていった、ゆきさん、めぐちゃん(小竹めぐみさん、合同会社こどもみらい探求社共同代表、NPO法人オトナノセナカ代表理事)、まいちゃん(小笠原舞さん、合同会社こどもみらい探求社共同代表、asobi基地代表)のような方もいます。
    夫婦で団体を立ち上げて運営するのは、関係性が複雑に入り組みますね(笑)。夫婦喧嘩をしていたら仕事の話ができなくなったりもするけれど、一方で、互いの得意・不得意が非常に良く見えています。私は、エクセルが苦手、人前でしゃべるのが得意ですが、奥さんは真逆です。そういう違いが難しさにつながる時もありますが、異なる視点を活かし合えば、効果的です。
    仕事が暮らしのようになるので、夫婦のテーマ話題も95%が教育、NPO、マネジメント論の話です。本当にずっと一緒にいます。一人になりたいときもあるけれど、違いを活かし合えれば、裸踊りのフォロワーがすぐ隣にいるようなものなので、すぐ乗っかってくれる2人目がいるという、ありがたさがあります。
    2012年までは、社会起業家だったり、かっこい社長であるべき、という自分がいて、自分のことを他人に見せないようにしていました。それが、アイリープなどを通じて色々手放せて、フェースブックで公開夫婦喧嘩もしちゃったくらい。自分は、一人の人間として、想いがあって代表という立場をしているだけで、代表だから偉いということは全く無い。代表というのは、「皆に一番ありがとうを言える立場」なだけ、という思いに変わりました。アイリープの他の参加者のリーダーシップからも影響を受けましたね。
    インドネシアや秋田に出会う中で、課題解決もするし、ソーシャルインパクトを出すんだけれど、同時にプレイフルに学んでいく、前を向いてレジリエンスを持ちながらやっていく、ということを学びました。問題に目を向けるのは楽です。ただし、そこに目を向け続け過ぎると、不完全燃焼になる。
    同時に、ボードメンバーも、困っているのをどうにかしたい関わり方ではなく、楽しさ・プレイフルネス、そもそも論からの問いにアプローチするという関わり方に変わっていきました。

 
◇◆◇ボードの境界が薄くなってきた感じ◇◆◇

 

7. 大阪、インドネシア、秋田、と拠点を動かす中で、ボードの存在感はどう変わってきましたか?

松浦:設立から10年経ち、ボード自体が広がりました。大阪時代は、なんとなくボードは怖い存在で、チェックされると感じているような場所でした。要は自分自身も使い方が分かっていなかったんです。それで経営がダメダメになり、軽くバーンアウトし、大阪から逃げ出してインドネシアに行こう、となったわけです(笑)。

cobonの活動の様子




    インドネシアでは、言語が違うし、ボードじゃないのに、ここまで親身に心割って話せる、問題意識共有できる人がこんなに沢山いるんだ、と救われました。そして、ゆきさんや荒木さんという専門家にもアドバイスもらったり、営業先につなげてくださったりしたおかげで、コープ神戸などの想いが素晴らしい企業とコラボを行う仕事もできました。
    そして、10年目を迎える年に、大阪ではある程度認知していただき仕事ができる状況となった時に、「このままここにいると次の10年も同じことをするな」と思いました。都市や経済成長のコンテクストとは違うものを見ないといけないだろう、ということで、妻と全国の色々な地域を見た後、直感で秋田に決めました。
    今ではボードメンバーに相談しなくても、日常的に相談できる人が沢山いる暮らしに変わりましたね。五城目には起業家が多くて、オーナーシップを持っている町民が多いんです。近所のおじちゃんに子どものことを相談できたりします。あるいは、うちは今ホームスクーリングをしているんですが、「松浦さんのとこの子は、学校行っていないから、うちもそうさせようかな」と近所の人が言ったり、学校の校長先生が「学校だけじゃなく地域でも学んだらいいですよー」って言ってくれたり。
    ゆきさんも荒木さんも「松浦君のしたいようにやったらよい。北埜さん(妻の旧姓)がストレスがなく、のびのび暮らしていることが、cobonにとっても大事」と言ってくれます。ゆきさんは、理事というよりは仲間として、一緒に歩んでいく人で、そういう人が、理事という関係性を越えて増えてきた。ボードに話すことと、ボード以外に話すことの、境目がなくなってきて、ボードの境界が薄くなってきた感じですね。

 
◇◆◇ボードは、自分たちの組織という有機体の生き物を、一緒に大事に思ってくれる人たち◇◆◇

 

9. ボードとボード以外の境目が薄くなってきた中で、松浦さんにとって、あらためてボードの存在って何でしょう?

松浦:ボードは、自分たちの組織という有機体の生き物を、一緒に大事に思ってくれる人たちです。cobonという場所では、子どもたちが沢山出会い、リピーターも多くて、小学生だった子が大学生になっていくようなところです。そんなcobonという場所を私は大事に思っていて、自分と同じくらいにcobonを大事に思ってくれる存在がボードメンバーですね。

 
◇◆◇第三者でありつつ、当事者性を持っているという点こそが、ボードの役割ですね◇◆◇

 

8. ボードやガバナンスについて、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

松浦:ボードって、最初にちゃんとやっておかないといけないと思います。結局、企業でも絶対揉めるようなこと。例えば、ボードや株を持ち合う関係って、組織の存続のために自分たちの関係性や時間や目的が使われるようになると、目的がどんどん崩れていくんです。お金にしにくい組織や事業もある中で、そういう組織であればあるほど、ボードという、一緒に手綱を握って未来を描こうとする人は、関係性が全てです。関係性が、会社のビジョンにもミッションにもイメージ、ブランディングにも全てつながります。
    楽しくやることも大事ですね。ボードという仕組みによって、代表や理事が疲弊しないように、バーベキューしたり、遊びにいくのもよいです。私も、過去に大きな仕事や裁判沙汰になりそうなことで、大変で凹んでいた時に、ゆきさん・めぐちゃんと京都に紅葉を見に行きました。皆忙しかったけれど、何の仕事の話もしないで、ただ紅葉を見ました。仕事じゃない関係性をもってくれる理事やパートナーがいてくれたことがありがたかった。そういうことを次の人たちに返せたら、と思っています。ボードという仕組みに使われるのではなくて、自分がボードに心を開いて、そして、心を開きにくい時に、心を一緒に広げていける人たちと、手綱を一緒に持って、ちょっとずつ動いていけることが大事です。

cobonの参加者の絵☆


    他の団体の理事も兼任するのもすごくいいです。私は、過去にオトナノセナカというNPOの理事もやっていたのですが、そうすると、自分の会社で困っていることより、他の会社で困っていることのほうがよく分かるんです。外からだと、客観視やメタ認知ができるんですね。
    人間そういうものですね。cobonにこれまで来た2万人の子どもたちのポイントは大体わかるけれど、自分の子どもに対しては怒ってしまう。団体は自分の子どもなわけで、分かっててもできないことがあるし、逆に守りに入ったり、見えなくなってしまうことがある。そういう意味で、ボードはすごく地味ですが、団体のために心を砕いてくれている存在で、大事。そういう理事に厳しいことを言われた時に、受け止められるためには、理事との関係性も大事ですね。
    この、第三者でありつつ、当事者性を持っているという点こそが、ボードの役割ですね。そこが機能すれば、組織が改善しえます。ゆきさん、荒木さんは、「俺がやるから」とは絶対に言わない。理事はやっちゃいけないんです。現状把握を代表にさせるために、ひたすら問い続ける。代表は問われて、「痛たたたた」って思う。昔は、良いことでごまかそうとしてたけど、ゆきさんには「ごまかしたでしょ」って言われちゃうので。すぐに答えが出ることじゃないとわかっているからこそ、「考えといてね」ってふってもらう。例えば、大阪でずっとやるのか、スケールアウトするのか、スケールディープなのか、10年後に我々は何を社会に返すのか、そういった問いです。
    理事が何かしてしまうと、それはボードではなく共同経営者になりますね。その役割をボードに求めてしまうと、今度はボードが物事が言えなくなってしまう。ボードとは、オーナーシップは持っているけれど、助言だけをする人だと思っています。
    これには、ボード側にも意識が必要ですね。つい安易な答えを提案したくなったり、自分のやり方で成功したモデルを言いたくなるのですが、これは、西村佳哲さん(リビングワールド代表)も言っているように気づきにつながらない。相手にとってどうなのかを待たないといけない。
    というわけで、ボードには予め、何を期待しているのか話しておく必要があります。昔は、肩書がすごいからボードになってもらおうと考えたこともありましたが、そうではないと今は思います。ボードに期待していることを言う、というのは、意識していないと中々言えることではありません。10年経ったから私も言えますが、2、3年目の頃は怖くて言えませんでした。あの頃は、ある意味自分で勝手に経営者の孤独感を感じていました。
    代表理事・経営者として、理事対して「働きかけしていいですよ」という声掛けを普段からせずにいると、理事も「別に言わなくていいのかな」と思ってしまいます。理事も言い出せる雰囲気を、期待を明文化することも含めて、つくる必要があります。代表や理事がどう声掛けしあっていくかという、「理事道」みたいなのがあるといいですね。

9. To Doの役割だけでなく、理事・代表理事の互いのスタンスを確認しあうということですね。

松浦:答えがわからないから問いを立てているわけで、そこに向き合いながら、お前は一人じゃないんだよ、というふうにできる人が理事かなと。ゆきさんがそこは上手い。そういう人が理事にいるだけで、自分が考えるのですが、見放されてない感じがする。

10. 理事会(会議)の場で、答えのすぐ出ない問いが沢山出て、「宿題増えたー」と感じる時があります(笑)

松浦:宿題は増えるんですけど、答えることに意味があるような学校の夏休みの宿題ではなくて、向き合うことに意味がある問いですね。聞かれたので、答えりゃいいんだろ、じゃだめ。その問いに向き合った時に、自分の中にどんな感覚があるのか、どういう状態があるのか、数字も言葉も伝えられる場に理事会がなったらよいなと思います。

~あとがき~

松浦さん、気づきが沢山あるインタビューを本当にありがとうございました。
改めて、自分が団体を代表しながら、他団体の経営について知る機会って、まだまだ少ないなあ、って思っています。そして、お互いのやり方や在り方を知ることで、取り入れたいことや「自分だけじゃないんだな」ってほっとすること等、私自身が豊かになれました。
ボードは、手を動かさないからこその価値があり(もちろん手を動かすボードメンバーもいるし、そこにも価値があるけれど)、経営者とボードの関係から鏡写しのように、経営者と働くメンバーの関係も見えてくることも大きい。経営者の哲学が煎じ詰められて見えてくるなあ、って思いました。
「答えが分からない問い」を、自信を持って、安心してホールドし続ける(もちろん取り組みながら)という勇気を私はもらいました!
ー 山本未生

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